海外勤務中の方など、日本国内に1年以上「住所」を有しない個人は「非居住者」と呼ばれます。こういった「非居住者」が保有する「国内株式」を売却する場合、日本の所得税は課税されるのでしょうか?
今回は、海外勤務者等の「非居住者」が、株式等を売却した場合の所得税の課税関係につきお伝えします(非恒久的施設「PE」を有しない非居住者を前提とします)。

 

1. 非居住者に所得税が課税される対象・範囲

非居住者の場合、日本の所得税が課税される対象は「国内源泉所得」のみとなります。
この点、非居住者が行う「株式譲渡」は、たとえ譲渡する株式が「日本法人株式」でも、海外での譲渡となります。したがって、日本国内にPE(恒久的施設)を有しない限り、「国外源泉所得」となり、原則として日本の所得税は課税されません(=居住地国での課税が原則)。

 

2. 非居住者の株式譲渡で課税されるケース

例外的に。非居住者が行う株式譲渡の場合でも、次の①から⑥のいずれかに該当する場合は「国内源泉所得」とみなされ、所得税が課税されます(所得税161条、所施令281条1項④~⑧)。限定列挙となります。

 

買集めによる株式等の譲渡 日本国内企業の株式(上場株式)を買い集め、保有者として優位な地位を利用して、その株式を発行法人に株式譲渡する場合が該当します。
⇒実務上はあまり出てきません。
事業譲渡類似の株式等の譲渡 株式譲渡年以前3年内に、発行済株式総数(又は総額)の25%以上を保有していた特殊関係株主等(※1)が、発行済株式総数(又は総額)の5%以上を譲渡した場合です。
実質的に、その法人の事業を譲渡しているのと同視され、課税されます。
税制適格ストックオプションの権利行使により取得した特定株式等の譲渡による所得 居住者と同様、税制適格ストックオプションの権利行使により取得した株式譲渡には譲渡所得課税が行われます(税制非適格ストックオプションは課税されません)。
不動産関連法人の株式の譲渡による所得(※2) 株式譲渡の前年12月31日に、不動産関連法人の特殊関係株主等(※1)が、発行済株式総数の5%(非上場株式の場合は2%)超を保有かつ、譲渡者自身が特殊関係株主等である場合の譲渡。
実質的に、日本国内の不動産を売却した場合と同視され、課税されます。
日本に滞在する間に行う内国法人の株式等の譲渡による所得 日本の証券会社の特定口座は、非居住者になる時点で廃止となりますが、出国前に所定の手続を行えば、日本に一時帰国した際の取引が可能です。一時帰国時に生じた売却益は、居住者同様、所得税が課税されます。
株式形態の国内ゴルフ会員権の譲渡による所得 「株式形態」のゴルフ会員権を非居住者が譲渡(売却)する場合、所得税が課されます(預託金形式のゴルフ会員権には課税されません)。

(※1)特殊関係株主等とは、当該会社の株主並びに株主の親族、支配会社等をさします(非居住者等も含む)。
 
(※2)不動産関連法人とは、株式譲渡日から起算して1年前~譲渡直前の時のいずれかの時期に、保有する資産総額のうち、以下の資産が50%以上を占める法人(法令178⑧)。外国法人も含みます。
 

国内にある土地等の価額
資産総額のうち国内土地等の価額の合計額の割合が50%以上である法人の株式

 

3. 事業譲渡類似の株式等の譲渡とは?

上記のうち、実務上よくでてくるのは、「②事業譲渡類似の株式等の譲渡」です。
オーナー企業の株主が、M&A等で保有株式を売却する場合などが該当します。

 

(1) 事業譲渡類似の株式等とは

日本国内法人の株式を、非居住者or外国法人等(=特殊関係株主等)が50%超所有している場合の当該株式等です。こういった株式を譲渡することは、実質的に、その法人の事業を譲渡しているのと同視できるため、当該株式売却益に対して課税が行われます。

 

(2) 課税される要件

次の①②どちらも満たす株式の譲渡をいいます(法施令178条6項)。
 

所有株式要件 株式譲渡年以前3年以内に、特殊関係株主等が、発行済株式等の総数(or総額)の25%以上に相当する数又は金額の株式等を所有していたこと。
譲渡株式数要件 譲渡事業年度に、特殊関係株主等が、譲渡直前の発行済株式等の総数(or総額)の5%以上を譲渡したこと 

 

(3) ご参考~外国法人が事業譲渡類似の株式等を売却する場合~

非居住者ではなく、外国法人が株式を売却する場合も同様です。外国法人は、原則として日本国内にPE(恒久的施設)を有しない限り、国内法人税は課税されませんが、例外的に、「事業譲渡類似株式」の譲渡にかかる所得(法令187➀三ロ)は課税されます。
例えば、海外親会社が日本の子会社株式を他の法人へ譲渡すると、海外親会社で生じた株式売却益に対して、日本の法人税が課税されます。
この場合、源泉徴収は行われず、国内で法人税の申告が必要となる点には注意が必要です(ただし、非居住者と同様、租税条約により免税になるケースはあります)。

 

4. 申告方式及び税率

上記に該当する場合は、日本国内で所得税の確定申告が必要です。申告方式や税率は、日本の居住者と同様の税率となり、以下の通りです、源泉徴収はされません
 

① ~ ⑤ 上場or一般株式等に係る譲渡所得 申告分離課税 15.315%
総合課税 最高45.945%

 

なお、住民税は、原則として、1月1日に日本に住所がある方に課税されるため、海外勤務者等の「非居住者」には課税されません

 

5. 租税条約による免税

上記①~⑥に該当する場合でも、租税条約により日本(源泉地国)では課税されないことがあります。例えば、日本と香港の租税条約では、海外居住国でのみ課税され、日本国内では課税されません(日本・香港租税条約13条6、21条1)。
ただし、「事業関連類似の株式」や「不動産関連法人の株式」は、租税条約でも免除されない国が多いため、注意が必要です。
なお、譲渡収入に係る源泉徴収税額を減免する場合は、「租税条約に関する届出」が必要となりますが、事業類似株式等の売却など、そもそも「源泉徴収」されないケースは、租税条約の適用関係につき、届出は必要ありません。

 

6. ご参考 国外転出時課税制度

国内株式を売却しなくても、居住者が国外に転出する際に、有価証券等の対象資産を合計1億円以上所有している場合は、含み益に対して所得税が課税されます。国外転出時課税制度と呼ばれます。
上場株式・非上場株式問わず、全ての有価証券等が対象となります。

 

7. 参照URL

No.1936 海外勤務中に株式を譲渡した場合

https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1936.htm

非居住者である役員が税制適格ストックオプションを行使して取得した株式を譲渡した場合

https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/shotoku/02/36.htm

(日・香港租税協定)

https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/shomei_64.html

(租税条約に関する届出)

https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/joyaku/annai/1648_56.htm

 

8. Youtube

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